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☆ 特別版 「Fellows」 ☆
友人・りゅう嬢が書いてくれました! お楽しみ下さい!



 鳥が運んでいた月色のリボン。
 それを指に絡ませた男は口端を上げてニタリと笑った。

 闇夜に映える優しくも存在を示す色。それは月明かりによって一層美しく輝く。
 わかるかわからないかくらいに薄く模様が入っているこれは、 独特な模様からして王族の持ち物だろう。

 よくまぁそんな所から運んできたもんだと、男は鳥に感心の目を向ける。

 この夜の国には『最近』あの王子様が溺愛するお姫様が居ると聞く。
 きっとこのリボンは噂のまだ見ぬお姫様のものだ。

 再開するには丁度良い余興になると、男は手に止まる鳥の瞳を覗き込む。

「伝えてきな? 大切なモノをイタダキに参りますって」

 クツクツと喉で笑う男。
 彼は鳥に手紙を持たせると、再び夜空へ鳥を放った。



―Dance with “lady”―



 その歌声に引かれて城を出た。気付けば砂浜を歩いていて、月明かりの下、さざなみと共に歌う彼女を見つけた。
 月色の髪を潮風によって靡かせ、彼女は切なくも悲しげに歌っている。
 一瞬にして、その姿と歌声に魅入られた。もっと近くで聞きたいと願うのに、それ以上近付いたらその声を閉ざしてしまいそうで上手く身体が動かせない。
 と、海から魚が飛び跳ねた。同時歌声も止まり、驚きに見開かれた瞳がこちらを向く。

 深い水色の瞳。
 その色に心までもが射抜かれた。

 思わず砂を蹴って逃げる彼女を捕まえる。
 視線が合い、挨拶もそこそこ今度開かれるパーティーに参加して欲しい事と伝えると、彼女は恥ずかしそうに頷いた…。

「なんて設定どう?」

 軽く癖のついたサイドの髪が用意された髪飾りで止められた。月色の髪に映えるのは見ようによっては紅く色付く宝石で、こんな高価な物をつけていたら絶対バレると『彼女』は焦り、止めさせようとする。しかし残念ながら『彼女』を飾る男の手は止まらない。
 椅子に座る『彼女』の言葉は聞こえないフリで、ああでもないこうでもないと我が道を進む男に『彼女』は怒りたくても怒れない。
 何とも表現し難い複雑な顔で、『彼女』は鏡の中の男に口を開いた。

「設定も何も、それって昨日ユキちゃんが読んでた絵本じゃないか、ちょっと違う気もするけど」

「大丈夫だってアズミちゃん、可愛いっv 可愛いっv」

「嬉しくないからっ!!;」

 今宵、夜の国でパーティーが行われる。
 その事は前々から決まっていた事だが、一週間前にレイス王子が王妃に呼び出されてからというもの、突如王子が大人しくなった。
 二週間前までは妹姫であるユキにどんなドレスをプレゼントしようかと、従者であり幼馴染であるアズに楽しそうに相談していたのにも関わらず。

 あれだけ楽しそうにしていたドレスの相談はなくなり、妹がいない時に独り言が多くなった。
 セシルをイジメる回数も減った…と言いたいところだが、これだけは寧ろユキに嫌がられる程に悪化した。

 王妃と王子の間に何があったのか、その時その場にいなかったアズにはわからない。
 しかしパーティー当日となった今日、アズは起きて直ぐ王子の手によって拉致され、説明もなしに「はいv」と青いドレスを渡された。

 始めはユキのドレスなのかと思ったが、それにしてはサイズが合わない。
 渡されても困るものを手に戸惑いの表情をレイスへと向けると、向けたと同時に発せられた言葉にアズの顔は引き攣った。それはもう盛大に。

 その場にユキやセシルがいなかった事だけが唯一の救いか、「だって婚約者を兼ねたパートナー探しとか無理っv」という王子の説明らしからぬ言葉を一瞬で理解してしまった最高位の魔法使いは、全力で拒否する脳内を無理矢理フル活動させて『まさか』を口にする。

 直後、レイスは薔薇を背負った『良い笑顔』と共にアズの言葉を復唱した。

「だからってっ、あ〜もうっ!! 大丈夫だってどこが大丈夫なのかわからないし、ばれたら国家問題に発展することぐらいわかるだろう?! そもそもこのドレスは一体何処から持ってきたんだっ!!」

「え? 勿論アッちゃんの為にオーダーメイド」

 もう誰でも状況はわかるだろう。

 夜の国で最高位である魔法使いアズ。
 彼は夜の国の王子様レイスの手により、彼好みの『清楚なお嬢様』に変身中だ。

 彼が一週間どうするか悩み続けたであろう『婚約者を兼ねたパートナー』のふりをする為だけに。

 流石にそのまま過ぎるのは危険だと考えたらしく、深い湖の色を持つ髪は金色の長いウィッグによって隠された。しかし髪と同じ色の瞳はそのままで、染めるのが大変だったであろう同色のドレスがローブ姿ではないアズを可愛く演出している。

 ヒールを履いても気を抜けば踏みそうな長い裾。
 腰の細さを強調したシンプルかつ着る者を選ぶようなドレスはまさにレイスが考えた至高の一品。

 アズに言わせればその努力を執務に向けて欲しいところだろう。
 いつもだったらそう言ってレイスを執務室に連行するのだが、悲しくも今は自分の事で精一杯だ。時間が経つにつれ自分が立たされた状況がわかってきたのにも関わらず、冷静になるどころか彼らしからぬ混乱がそこらに渦巻いている。

「例えおれだってばれなくてもおれは誰?って事になるし、こんな時に何か起きてもこんな格好じゃ「はい、アズミちゃんスト〜ップ」…」

 レイスの言葉にアズの空気が抜ける。しかしむくれた顔は治らない。
 そんなアズの唇に紅をのせ、レイスは鏡台に置いてあった香水瓶でアズに薔薇のショールを纏わせる。いつも身に着けている青いピアスは外され、代わりに用意されたピアスが彼のピアスホールを塞いだ。
 最後の仕上げとばかりに色々いじくられると、完璧な『お嬢様』が鏡に映る。

「ほんっとアズは心配性だな、何度も言うけど『もしも』はないから大丈夫、それに踊る事になったって小さい時一緒にダンスの練習したんだから平気だってv」

 レイスの言葉にアズがとうとう頭を抱えた。

「そうだった…」

 王子のパートナーとなるならばダンスは必須。

 確かに幼少の頃一緒にダンスの練習はした。しかも背の関係上女役で。
 しかしそれは今日の為に練習したわけではないし、遥か昔の話であって今更掘り起こす事でもないだろう。あれはレイスのダンス練習であってアズのダンス練習ではなかったのだから。

 ユキが見ればつられて笑いそうな最高の笑顔でレイスはアズを褒める。
 だがその場にユキはいない。寧ろ今回ばかりは居てもらっては困る。

 こんな姿を見せたくない。

「レイス、本当はこんな事をしてる場合じゃない事ぐらいわかってるよな?」

 頭を抱えたままのアズは苦渋の人生ならぬ一日になりそうだと、姿に似合わぬ大きな溜息をひとつ。

「あの手紙の内容を見る限り、相手にとって今日は絶好のチャンスになる…何を狙っているのかわからないけど、こんな格好じゃ本当に何かあった時対応が遅れるっていうか遅らせるつもりもないけどどうするんだっ」

 アズの言う手紙とは、つい三日前にこの城に届けられたものをいう。
 手紙を運んできたのは一般的に見られる鳥で、その鳥は結界にやられたのか傷付いており、セシルと散歩をしていたユキの手によって保護された。

 曰く、傷付いた鳥を視界に入れると同時、セシルが止める前にユキが動いたのだそうだ。

 鳥を抱いて直ぐ様駆け出し、ユキが向かった先はアズのもと。
 タイミング良く執務室に入る直前のアズを捕まえると、ユキは傷付いた鳥を崩れそうな表情を持ってアズに差し出した。

 ユキの腕の中で暴れる事なく差し出される鳥。
 しかしその鳥は一般的に見られる鳥であるものの、触れずともわかる程の濃い魔力を持っていた。

 その場で受け取り、直ぐに元気になるから大丈夫だよと彼女を安心させてからアズは直ぐ様その場を離れた。

 そして結界の張られた部屋で羽で隠す様に鳥が持った手紙に気付き、彼がその手紙の封を水の刃で開け放った瞬間、結界の内側に突如張ったのは枯れた木の根。
 根はビキビキと音をたてて結界内にどんどん拡がっていき、何やら文字らしきものを張い描いていく。

 何かあるとわかっていたのでそれ程驚く事はなかったが、魔力の大きさにしては身を傷付けるものではない事にアズは小さな違和感を抱く。
 警戒しつつも、彼は描かれていく文字を見つめ待った。

 と、「あ〜らら、燃やしちゃうぞv」という明るさにしては物騒な言葉が彼の耳に届く。
 音はなく、しかし気配は堂々とした新たな人物の介入に木の根は動きを静止した。

 部屋に入って来たのはレイス王子だ。

 丁度描き終わったところだったのか、彼の魔力によって歯止めが掛かったのか、それとも威しが効いたのか、今の時点では止まった理由はわからない。
 そんな木の根は『大切なモノをイタダキに参ります』という言葉を彼等二人に伝えた後、数分後に何も残さず崩れ消えていった。

 ともあれ、一先ず文字を描いていた魔力が落ち着いた事にほっとする一方、アズはレイスに何が起こるかわからない場に顔を出した事と、仕事を抜け出してきた事についてきっちりお叱りをする事となった。

 お小言を貰ったレイスは拗ねていたが、あぁそうだ落ち込んでる場合じゃなかったんだとブツブツ呟き始めてしまう。
 その呟きが後に自分の身に降り掛かる事だとこの時気付けばよかったのだが、アズもまた『予告』についての思考に入ってしまった為に気付く事はなかった。

「アッちゃんがその意気込みなら全く問題なし♪」

 そう、あの時気づけはよかったのだ。
 後悔は先には立たないけれど。

 思考をつい三日前にしていたアズは、レイスの言葉に意識を今に戻して項垂れる。

「レイス…」

「ん?」

 最早この格好については半分でもそのまた半分でも、兎に角吹っ切れるしかない。

 彼の小さくもないが大きくもない、ただ静かな声が王子に向けて発せられた。

「誰かにばれたらユキちゃんと一週間遊ぶの禁止だからな」

 そして執務室に縛り付けると、アズはぷっくりと膨らんだ愛らしい唇で淡々と言葉を紡いでいく。

「ちょっ、アッちゃんそれってっ!!;」

 後日、あの時のアズは本気だったとレイスは語った。


 ◆ ―――――― ◆


 この日の為に用意されたドレスを着て、ユキは兄達を探す為にセシルと共に城の中を歩いていた。
 そんなセシルの軍服も今日ばかりは夜会用の礼服となっており、人の姿となったセシルをユキが嬉しそうに褒めたのは言うまでもない。

 そしてそんな行動に嫉妬する兄、その行動を止める魔法使いが今日も隣にいる、はずだった。
 執務の為ではないのに、何故か二人共ユキの前に顔を出さないのである。

 セシルが警戒する黒いお客さんに選んでもらったドレス。ふわふわと揺れる裾を見つめ、ユキは段々と落ち込み始めていた。

 病気や怪我の為でもでもない。
 大好きな二人に会えずしゅんと落ち込むユキに、セシルの耳もヘタリと垂れた。

「ユキ様大丈夫っスよ、一端ホールに戻りませんか? もしかしたら入れ違いになったかもしれないっス」

 不安そうに頷くユキ。
 彼女の手を優しく繋いだセシルは、ダンスホールまでの道のりをゆっくりと歩き出した。

 ワルツを踊る為の優雅な曲が、大きな扉の向こう側で奏でられている。
 その扉を開けると、シャンデリアの輝きが部屋を満たしていた。

 少し癖のある黒髪。
 何処にいるのか、ユキはきょろきょろと周囲を見渡すものの、やはりレイスの姿はない。

 居ないのならば意味がない。
 開かれた扉も、また静かに口を閉ざした。

 と、

「ユ〜キたんv 可愛いお嬢さんになってお兄様は嬉しいぞ〜」

「っ!!」

 扉が閉じた直後、突如後ろから探し人によって抱き締められた。

 声でわかったのだろう。
 ぱぁっと花が咲き誇る様なユキの笑顔に心配していたセシルの耳がピンとたつ。

 今まで余程寂しかったのだろう。腕の中でくるりと半回転したユキはレイスの腰にくっ付き虫の様に引っ付きだした。
 そして暫くそうしていたかと思うと、安心したのか上を向いてほにゃりと笑う。

 よかったっスねユキ様と、兄妹を見るセシルの瞳が優しい。

「?」

 が、不意に運ばれた薔薇の香りにセシルの視線が外された。

「え…? ア「そうそうユッキー、この清楚なお嬢さんは『ライト嬢』っていってな、普段は温厚で優しい人だぞ〜」

 しかしその視線は疑問を遮断された事によって強制的に戻される。

 セシルの疑問を強制終了させたレイスは、そのままユキの手を取りセシルの前を歩き始めた。
 通り過ぎる直後には視線だけをセシルへと向け、少し離れた所に立っていた、青いドレスを身に纏った者へと近付いていく。

「ライト嬢、うちの可愛い妹姫のユキちゃんです」

 人見知りをするはずのユキの瞳が丸くなる。

「は、はじめましてユキ様」

 困った様に微笑むライトに、ユキは瞳を瞬かせた。

「?」

 ライトを見てレイスを見て、ユキは首を傾げた後、おずおずとライトへと挨拶をする。

「レイス王子、一先ず三日です」

「いやいやライト嬢、ユッキーはライト嬢に親近感を持っちゃってるだけっ☆」

 顔を上げたユキはきょとんと再び首を傾げる。
 だが何でもありませんよと微笑むライトと見て、こくんと素直に頷いた。

「いざ、レイス黄泉へ旅立たんっ♪」

「………」

 旅立ってどうするという突っ込みはない。
 ただライトの視線が何かを言いたそうに、じっとレイスの事を見つめていた。


 ◆ ―――――― ◆


 ダンスホールへ入って直ぐ、レイスはユキの手を取るとその中心へ堂々と進み出した。
 ライトは当然の様に壁際で待ち、ユキの視線が行ったり来たりを繰り返す。

 王子と姫の登場に誰もがホールの場所をあけ、レイスの手の動きに演奏者達が楽器を構えた。

「?」

 何か良い事でもあったのだろうか。
 レイスは二ッと笑みを浮かべてユキを見る。

「我が姫ユキ、一曲踊ってくれますか?」

 王子が一人の少女に跪いた。

 ユキの元より大きな瞳が、碧い輝きを増してますます大きくなる。

「ん?」

「……」

 おずおずと、ユキは差し伸べられた掌に手を乗せた。
 大きな手が優しく小さな手を握り、同時に柔らかな演奏が始まる。

 正式な踊り方ではないが、ふわりと抱き上げられた小さな身体が王子の手によりダンスホールをくるくる回る。
 周囲からは微笑ましいと笑顔が零れ、硬かったユキの表情も段々と柔らかくなっていった。

 壁際の花。
 ライトも微笑ましく彼等を見守っている。

 と、セシルが壇上の方に視線を向け、その直後に顔が強張った。
 その事に気付いたライトもまた、壇上の方に顔を向けてひくっと顔を引き攣らせる。

「ん〜流石俺のユッキー、上手に踊れたな〜v」

 その事に気付いた様子もなく、否、彼の事だから気付いてない振りをしているだけだろう。
 曲の終わりと共に踊り終わった王子は抱き上げを通り越し、抱き締めていた姫を降ろした。

 そしてご機嫌な姫をくるりと半回転させると、強張ったままのセシルに向けてユキの背中を軽く押す。

「?」

「あの犬エスコートして引っ張り出してこいっ♪ んでもってセシルにもワルツというものを教えてやれっ☆」

 まったく踊れないなんて笑い者だからなと、レイスは悪い笑顔をセシルへ向けた。
 その笑顔に脅えたのか、それとも妹に言った内容が聞こえたのか、引き攣った顔を更に引き攣らせてセシルの耳が可哀想な程にヘタル。

 そんな事も知らず、背中を押されたユキは素直にセシルの許へと戻ってきた。
 その後ろからゆったりとした動きでレイスがライトの許へ戻ってくる。

 途中、何人ものご令嬢からダンスの誘いをされるものの、レイスは全ての誘いを「もういるから☆」の一言でバッサリと切り捨てていた。
 その行動にライトは頭を悩ませる。

「ユキ様、流石に俺が踊るわけには…;」

「何だ何だ、お姫様のお誘いを断ろう何て随分態度がデカイじゃねぇか」

 その一言にセシルまでもが頭を悩ませ始めた。

 こんな彼を『いつも』ならアズの一言二言で大人しく出来たはずなのに、残念ながら『いつも』な彼は何処にもいない。

「んじゃユキたん、有無も言わさずこの犬連れて行けっ☆ 犬、ユッキーの足踏んだら唯じゃおかないからな」

 セシルは下に視線を向ける。
 すると困った顔と目があった。

「?;」

 レイスはあんな事を言っているが、彼女はセシルを困らせたいわけではない。
 踊ってはみたいものの、セシルの表情に遠慮しているようだ。

 そんな姿を見て、セシルはそんな顔をさせたいわけじゃないんスよと、ユキの手をそっと取る。

「?」

 三角の耳はヘタレたまま。
 しかし、セシルはお決まりの言葉をユキに問う。

「一緒に踊って下さいますか?」

 苦笑いとなった一生懸命な問い掛け。
 それにユキは頬を染めてこくりと頷く。

 しかしその様子を見ていた王子は何処かオカシイ。

「…あの犬いっぺん絞める」

 最早いつもの事。
 誘わせたのは自分だというのに、レイスは手を取って歩き出したセシルと妹の背中を見つつぶちぶちと文句を言い始めた。

「レイス王子」

 ライトの窘めの一言にもむくれるばかり。
 これにはライトもお手上げだ。

 しかしそのまま放置するわけにもいなかい。
 先程から壇上からの視線が痛いのだ。

「レイス王子、そろそろユキ様以外の方を誘って下さい」

 じゃないと王妃の怒りに触れますよと、ライトは小さく溜息を付いた。

「ん、じゃぁライト嬢っ♪ 今宵のパートナーとして一緒に踊りましょうかv」

「え」

 寧ろ「え゛」と言わんばかりの表情と声色に楽しそうにレイスの口端が上がる。

 しかし周囲にいらっしゃるご令嬢の視線が怖い。
 誘われただけでもありがたいのに断ってんじゃねぇよと言わんばかりの嫉妬の目。

「王子、本気ですか」

「俺はいつだって本気で真面目っ☆」

 もしも書類担当の使用人がこの場にいたら、「嘘付け」と心で反論して下さっただろう。
 それこそ「それでは真面目に書類を捌いて下さいね」と今までの鬱憤を晴らすかの如く何十センチにも重なった書類を用意したかもしれない。

 しかし残念な事に使用人の彼等はこの場に居らず、居るのは王子と自分と怖い女性の皆様方。

「さぁライト嬢、お手をどうぞ」

 嫉妬の視線を浴びながら、ライトは王子の手に自分の手を添える。
 すると強くなる嫉妬に、ライトは軽い偏頭痛を起こした。

 これならまだ殺気の方がマシかもしれない。
 女性の嫉妬は呪いの類に分類されるのではなかろうか。

「何? 文句ある?」

 周囲の視線にレイスが逆に睨みを効かせ、すいっと足を進めだす。
 背後で悔しそうな声が溢れたが、彼が振り返る事はなかった。

「ライト嬢、そんな顔して踊っても楽しくないって」

「こんな状況で楽しさを感じるわけがない」

 そして進み戻ったホール中心。
 誰もが視線を向ける中、静かに交わされる会話は誰の耳にも届かない。

 しょうがないなと言わんばかりの表情で、再びレイスが演奏者達に合図を送った。

 音の始め、レイスが一歩前に出る。
 それに合わせ、ライトが一歩後ろに下がった。

 壇上からの視線や周囲からの視線が今までで一番強くなり、城中の視線が彼等二人に集中した。
 最早彼等を見ていない者など何処にもいないのではなかろうか。

「クスッ」

 いや、居る。

 パキッと乾き折れる音がホールに響いた。
 刹那何処からともなく伸びてきた木の根に、待機していた軍が一斉に動く。

「姫様っ!!」

 響いた声は誰のであったか。
 レイスは直ぐ様ライトと離れるとその手に使い込まれた長剣を呼ぶ。

 ライトも同じく冷えた瞳で木の根を睨み、周囲に小さな水球を呼んだ。

「コンバンハ、夜の国のお偉い様方」

 人影が突如現れ、それに合わせる様に木の根が周囲に生え伸び、あっと言う間にダンスホールを張い覆った。

 一番酷いのは何処か。
 それは小さなお姫様が居たところ。

「あれ、残念ながら弾き出せなかったか…」

 何処かの物語。
 そうまるで八首の蛇が少女を喰らう様に、枯れた木の根がユキの周りを囲っている。

「ユキ様に手は出させないっス」

 しかしその少女の傍には騎士がいた。
 ユキをぎゅっと抱き締め拳を構え、それ以上近付くなとセシルは不審者を威嚇する。

「クスクス…」

「何が可笑しいんスか」

 不審者の蛇の様な瞳と、蜂蜜色の瞳が重なった。

「そうそう、何が可笑しいのか教えてくれない?」

「王子っ!!」

 しかし刹那に生まれた炎の竜。
 連なり生まれたのは水の竜で、彼等を囲っていた木の根が次々と炎の竜へと生まれ変わり、彼等の怒りを抑える様に水の竜が周囲を飛んだ。

「折角のパーティー台無しにすんな、するなら俺の知らない所でしろ、というわけでユッキーにラブレター送ったのお前だろ不審者」

 茨を切って進んだ王子様の如く、木の根から炎に生まれ変わった竜を従え、レイスはユキの前に躍り出た。
 その後ろにはライトが付き、再び伸び出てきた木の根を竜に生まれ変わる前に水によって叩き切る。

「噂に違わぬ暴君ぶり…成る程、王子様はお姫様とは違って随分とアクティブだ」

 どっしり構えていないとあの王の様にはなれないよと、男は思考が読めぬ夜の支配者に視線を向ける。
 きっとあの手が上がった瞬間にこの首は斬れているんだろうと、男は何処か他人事の様にクツクツと笑った。

「笑い上戸か酔っ払い、そんなに可笑しいなら芸人でも呼んで馬鹿みたいに手でも叩いてろ」

 じりじりと、レイスは剣を構えて男との距離と縮める。

 そして手に持つ長剣がシャンデリアの輝きで光を放ったその時、

「それじゃぁ用件終わらせてとっとと帰ろう」

 ニィッと笑った男は縮まりかけた距離を大きくする。

 威嚇するセシル共々、彼はユキを木の根によって高い場所へと移動させた。

「っ!!」

 驚き見開かれた空の蒼。
 それを守る様に、蜂蜜色が抱き締める力を強くする。

「レイス下がって!!」

 突如何十もの根が絡まり出来ただろう目の前に聳えた根の柱。
 その周りで更に融合しようとうねり張る無数の木の根。

 その無数の根を押さえる為に、ライトの周囲に浮かんでいた水球が姿を変える。
 針の様に形状を変えた水球は、鋭く木の根を衝き押さえた。

 しかし目の前の柱をどうにかしない限り、ユキやセシルを助ける事は出来ない。

「叩き切って燃やす」

 ここまで来ると最早馬鹿にされているとしか思えない。
 予告が来た時とは大分違う声色で、レイスは長剣を構え直した。

 炎の竜も彼同様、威力を増して他の根を喰らい燃やしていく。

 その隣で火の壁を喰らっていた水の竜が、不意に軌道を変えて柱に襲い掛かった。

 刹那竜の背が音をたてて凍り、自らを柱上部へ向かう道へと変化させる。

「え」

「あんの猫…」

 ライトの瞳が驚きの色を宿し、レイスの瞳が愉快そうに細められた。
 と、軍が止めるよりも早く、口端を上げたレイスが凍った竜の上を走り出す。

 凍った鱗が滑り止めの役目をしているのか、途中で落ちるという間抜けな事にはならなかった。

「クスッ…王子様の登場だ」

 そして柱上部。
 バキッっと音をたて、竜の背から黒髪の王子が根の床に降り立った。

「さぁユキを返せ」

 木の根が軋んだ音をたてる。

 しかしクツクツと喉で笑う男はレイスを横目で見るだけで終わらせ、鋭く縦に割れた瞳孔を持って脅えるユキへと視線を向けた。

「お姫様の大切なモノ、それは『時間』だね…」

 木の根によって作られた不安定な床。
 歩く度に軋むその床を男はするすると進んで行く。

 彼が近付く度、セシルの服を掴むユキの手には脅えという名の力が入った。
 しかしそんな事はお構いなしに、細い、月色の布を巻いた男の手が、そっとユキへと伸ばされる。

 が、その手はセシルによって払い除けられた。

「クスクス…お姫様、これは自ら進んで盗ったものではないし折角だから返そう、でもこのまま帰るとなると怪盗としての名が廃る…」

 払い除けられた事は予想のうち。
 床下で己を捕まえようとする軍の気配に、男はニタリと笑みを浮かべる。

「怪盗?」

 しかし男が発した言葉に、レイスがポツリと反応を示した。

「そう、怪盗オック・モントカレス、暫く休業していたから良い事から始めようと思って」

 自称怪盗。
 彼はレイスの呟きを拾い返すものの、その返答を拾ったホール内がざわめき出す。

 以後ヨロシクと、ニィッと蛇の様な目がユキを見た。

「というわけだから邪魔だよ犬」

「なっ!」

 するりと音無く動いたオック。
 彼は掌をセシルの瞳に当てて横に払うと、彼が身体を曲げた一瞬の隙をついてユキの小さな手を取った。

「今日という『楽しい時間』、確かに頂くよ」

「っ!!」

 軽く手の甲に触れた唇。

 その瞬間、熱をもった黒い竜が飄々とした男に襲い掛かった。

「危ないよ王子、でもまぁ獲物は既に頂いたから…じゃぁね、夜の支配者…」

「アッちゃん塩っ!! 塩持ってきてっ!! ふざけんな牢屋にブチ込むっ!!」

 炎がホール全体に広がる。
 逃げる場所など物理的には何処にも無い。

 しかし男は余裕の笑みを浮かべ、入って来たと同様突如その場から姿を消した。
 木の柱も同様に姿を消し、ふっと突如襲った下に落ちる感覚に、小さな手がセシルの服をぎゅっと掴む。

「ユキ様大丈夫っスか?! 怪我は?!」

 しかしユキの恐怖とは裏腹に軽やかに着地したセシル。
 腕の中に納まり縮こまるユキを、セシルは心配そうに覗き込んだ。

 が、残った根を喰らおうと、ホールには未だ炎の竜が舞う。

 明らかに脅えを持つ少女を見て、新たに生まれた水の竜がその場で大きく吠えた。
 途端に周囲は身を濡らさぬ雨が降り、炎の竜は消え、蒸発によって煙が生まれる。

「レイス!! ユキちゃん!!」

 そんな煙の中、水球が弾ける音がした直後にアズの声が二人に届いた。
 ふわりと柔らかな風が煙を外へと追い出し、途端にクリアになった視界の端を黒髪が物凄い速さで駆け抜ける。

 彼もまた、無事に床へと着地していた様だ。
 深紅の瞳が白銀を捉えると、彼はセシルからユキを引き剥がし、ぎゅっと小さな身体を抱き締め他に何されたと食い掛かる。

 あまりの速さにぽかんと蜂蜜色が呆気にとられた。
 そしていつこのホールに現れたのか、青い魔法使いもレイスのあまりの早さに瞳を丸くさせるものの、彼等の無事にほっと安堵の溜息を付く。

 しかし王子や姫が無事だったからといって、こんな状態でパーティーを続行するわけにはいかない。
 勿論、その後のパーティーは中止となった。

 よってあれよあれよという間にユキはレイスの部屋に連れ込まれる。
 そしてその兄の手によって真っ赤になるほど手の甲を拭かれ、今も尚足りないとばかりに続けられそうな所をやりすぎだと叱るアズの手により冷やされた。

 残念ながら、手の甲の赤みは直ぐに消えそうにない。

「あの蛇、次顔出したら唯じゃおかんっ!!」

 暖炉がパチッと音をたてる。
 いつの間にかユキの髪に戻されていた月色のリボンが、灰となって消えていった。

◆ 終わり ◆

2012年3月31日

☆ Ryu ! Thank you for the pleasant novel ♪

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